詩の訳注解説をできるだけ物語のように解釈してゆく。中国詩を日本の詩に換えて解釈とする方法では誤訳されることになる。 そして、最終的には、時代背景、社会性、詩人のプロファイルなどを総合的に、それを日本人的な語訳解釈してゆく。 全体把握は同系のHPhttp://chubunkenkyu.byoubu.com/index.htmlを参照してもらいたい。
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Ⅳ 政略婚 《§-1 烏孫王に嫁いだ細君》8. 烏孫族と月氏族
2018年5月20日 の紀頌之"6"つの校注Blog
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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」。、現在、①李白集校注詩全詩、②昌黎先生集全40巻他全詩、③杜詩詳注、④花間集、⑤玉臺新詠、⑥薛濤詩 全訳注解説 |
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(Ⅳ 政略婚) 《§-1 烏孫王に嫁いだ細君》8. 烏孫族と月氏族 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10644
中国史・女性論
Ⅳ 政略婚 (近隣国・異民族に嫁いだ公主)
Ⅳ-§-1 烏孫王に嫁いだ細君
1. 和蕃公主
2. 最涯の地烏孫に嫁いだ細君
3. 建国の英雄冒頓単于
4. 匈奴遊牧王国の出現
5. 漢の高祖と冒頓単于
6. その後の漢帝国と匈奴との関係
7. 武帝の匈奴経略と張騫の西域行
8. 烏孫族と月氏族
9. 対匈奴攻守同盟策
10. 望郷の歌―黄鵠の歌
Ⅳ-§-1 烏孫王に嫁いだ細君
Ⅳ-§-1-8. 烏孫族と月氏族
烏孫族については、現在までのところ、その民族的帰属も、その遊牧圏もあまり確かではない。民族としてはトルコ族説が有力であり、トルコ族系のキルギスKirgiz 部族に比定する 。あるいは一説にはカザック族ともいわれる。烏孫族は、さきにいったように前漠のはじめごろには、甘粛省の河西地方から敦塩地方に遊牧していた部族であった。
『漢書』巻九四、「匈奴伝」 によると、烏孫王は孝文帝(前180〜157)のころ月氏族のため、その王の難兜歴が殺されて国土を失ってしまったというが、その月氏族は、かつては匈奴奴の西に隣りした強大な遊牧国家で、旬奴の冒頓単子も、若いときこの国に人質となっていたことがある。
月氏族はそのころ、いまの甘粛省西部から敦凰地方および天山山眠東端の広い範囲にかけて遊牧していたと思われるが、やがて前一七七年ごろ冒頓単于の遣わした右賢王の軍に大打撃を うナ、一たびは分散のうきめにあい、その余類は天山山脈のかなたイリ河流域にのがれて遊牧したのであった。
こうして強力な月氏族を撃破・駆逐して、東西交通路の要衝を占める河西・敦煙地方とタリ 招ム盆地のオアシス諸国とを服属させた旬奴は、二代目の老上単干(前一七四1一六一) のとき、月氏族への対策上から、さきに月氏族によって首長を殺され国土を失った烏孫族を授け、烏孫の昆莫猟騒磨 - 昆美の二字は 『漢書』、「西域伝」の顔師古注には、王号といい、白鳥博士によると、大君の意にあたるKengbagの書写であると-1-と結んで、またも月氏族を攻め、その王を殺したため、月氏族はイリ地方から三たび移牧して、中央アジアのフェルガーナ盆地をへてソグディアナに侵入し、ここで遊牧生活を営みつつ、旧パクトリア王国の後を領していたスキタイ系の大夏族を臣従させて、大月氏と改名してこの地方に遊牧国家を再建したといわれる。
それは前二二三年から前二一九年ごろに比定されあたかも張騫の第一次遠征中の出来事である。