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中国文学 李白・杜甫・韓愈・李商隠と女性詩 研究

詩の訳注解説をできるだけ物語のように解釈してゆく。中国詩を日本の詩に換えて解釈とする方法では誤訳されることになる。 そして、最終的には、時代背景、社会性、詩人のプロファイルなどを総合的に、それを日本人的な語訳解釈してゆく。 全体把握は同系のHPhttp://chubunkenkyu.byoubu.com/index.htmlを参照してもらいたい。

Ⅲ 女性文学者班昭とその家系(班家の人びと 《§-1 女性文学者班昭》Ⅲ-§-1-2『女誡』七章 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10462

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Ⅲ 女性文学者班昭とその家系(班家の人びと 《§-1 女性文学者班昭》Ⅲ-§-1-2『女誡』七章

 

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Ⅲ 女性文学者班昭とその家系(班家の人びと 《§-1 女性文学者班昭》Ⅲ-§-1-2『女誡』七章 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10462

 

 

中国史・女性論

 

Ⅲ 女性文学者班昭とその家系(班家の人びと)

 

§-1 女流文学者班昭

-§-1-1 才媛、班昭

-§-1-1『女誡』七章

 

§-2 班家の世系

-§-2-1班家の世系

-§-2-2班彪

 

§-3 班固と『漢書』

-§-3-1.班固-父の遺志をつぐ

-§-3-2.『漢書』の編纂

-§-3-3.『漢書』と『史記

-§-3-4.史記・漢書両書の社会的背景の相違

-§-3-5.晩年の班固

 

§-4 班固と西域経営

-§-4-1. 武人、班超の夢

-§-4-2. 漢と匈奴と西域諸国

-§-4-3. 班超と後漢の西域経営

-§-4-4. 班勇

 

 

 


中国史・古代女性論

Ⅲ 女性文学者班昭とその家系(班家の人びと)

§-1 女性文学者班昭

2 『女誡』七章

 

 

-§-1-2 『女誡』七章

 

『女誡』七章

 

班昭には『漢書』続修のほかに、編著として『女誡』七章、「賦頌」十六篇などがある。そのうち『女誡』七章は、そのはしがきの末尾にも

妾はいま病重く、いつ死ぬかわからない。おん身たちが、こんなさまでは常に気がかりです。このごろ『女誡七章』を作る。どうか、女たちよ、それぞれ一通ずつを写しておいてください。おそらく、おん身らのためになります。さようなら。しっかりしてね。

とあるように、かの女の娘や孫娘たちのために綴った戒めであり、それは一般女性への躾の書、「女大学」として知られる。

 

班昭の『女誡』は七章(七篇)より成る嫁の心得であるが、要約すると、つぎのようである。嫁ぎ先の義母に理不尽に離婚、実家に帰されるという事が一般化されて入れていた時代の『心得』である。

第一章 卑弱 もの柔らかな態度で人にヘリ下れば、誉められる。

1)女は謙譲・恭敬であって、人にへり下るよう心がけること。

2)夜はおそく寝、朝は早く起きて家事につとめること。

3)心清らかに静かな態度で夫に仕、え、心をこめた酒・食をととのえて、先祖に奉仕すること。

第二章 夫婦  男の子と女の子は、夫婦の道にかなうよう教育されねばならない。

夫婦の道を重んじるには、男子は夫としてふさわしく、古典を教えて身を慎ませ、女子は妻たるべく躾け教育しなければならない。

第三章 敬慎  女子は敬慎(順) が第一である。

男子は剛に、女子は柔であらねばならないから、敬順の道(辛抱づよく寛容なこと)が婦人の最高の礼である。夫婦の争いは敬順の道に欠けることから起こる。

第四章 婦行  女の行いには婦徳・婦言・婦答・婦功の四つが大切である。婦徳とは、清閑・貞静・守節・整斉を保つこと。婦言とは、ことばを慎み、考えてものを言うこと。婦答とは、身なりを清潔にすること。婦功とは、紡績につとめ、酒・食をととのえて客をもてなすこと。この四行を実行するには、やさしい心がけ一つで足りる。

第五章 専心  夫一人を大切にすること。

夫一人に対し、専一に顔色を正し、清潔に礼儀を守りとおす。

第六章 曲従  舅・姑には曲げて従うこと。

夫に愛されるためには、舅・姑(夫の父母)に気に入られるよう、我意をおさえ、曲げて従うこと。

第七章 和叔妹

夫の妹(叔妹)と仲よくすることは、かの女らを通じて舅・姑にも愛されるようになり、ひいては夫の気に入ることにもなる。したがって、叔妹の心を失わないためには、しとやかで謙遜に、叔妹と誼をあつくせねばならない。

 

班昭の『女誠』は文章こそ平易であるが、その内容は、かの女の長年の生活経験にもとづいて『詩経』、『礼記』、『論語』、『白虎通』など巧みにとりいれており、これほど細心にゆきとどいた家庭の子女訓は少ない。この書は当時、後漢朝の知識人たちから、もてはやされ、碩学馬融もこれをみて感動し、妻や娘たちに読み習わせたという。

このような子女訓を通じてみても、後漢時代は、ただ単に学問や文学・芸術などにすぐれていたばかりでなく、一般家庭における子女の教育も、倫理観の薄い時代ではあるが、儒教的秩序で貫ぬかれていた。

班昭は和帝の崩後、和真鄧皇后が太后として摂政105121)になると、かの女は太后の相談役となって政事にも関与しているが、この点でも、かの女の才気と教養が役立ったようである。

 

二人の兄のうち、長兄の班固は、六十一歳で非命にたおれたが(九四ページ)、次兄の超と、かの女とは、ともに七十歳をこえる長寿を保った。かの女の死に際して鄧太后は、みずから素服をつけて、哀悼の意をあらわすとともに、勅使を遣わして葬儀を監督させている。いかに太后の信頼が深かったかがわかるであろう。ちなみに、一子の曹成は、かの女多年の忠勤の功によって、はじめ関内侯に封じられ、のち山東の斉国の宰相となった。

班 昭45? - 117?)は、中国・後漢の作家。中国初の女性歴史家。一名・姫。字は恵姫、または恵班。

 

扶風安陵(陝西省咸陽市)の出身。歴史家・班彪の娘として生まれ、同じく歴史家・班固と、西域で活躍した武将である班超は兄である。班超の三男である班勇は甥。14歳で曹世叔に嫁ぎ、世叔の死後、彼女の才名を聞いた和帝が召し出して宮中に入れ、後宮后妃の師範とした。人々は敬して曹大家(そうたいこ)と称した。

 

兄の班固が『漢書』を未完成のまま亡くなったので、八表・天文志の稿を書き継いで完成させた。その他の著として、『女誡』7章、『続列女伝』2巻も彼女が選定したものと伝えられる。辞賦に長じて、父・彪の『北征賦』に対して『東征賦』を作り、『文選』に収められ漢代女流作家の第一人者に数えられる。ほぼ安帝の時代で元初年間(114年-119年)に没している。享年70余という。『後漢書』にその伝がある。  

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プロフィール

HN:
漢文委員会 紀 頌之(きのあきゆき))
年齢:
72
性別:
男性
誕生日:
1946/09/10
職業:
文学者
趣味:
中国文学
自己紹介:
漢詩から唐・宋詩まで基本となる詩人・詩集を各全詩訳注解説してゆく、その中で、これまで他ブログに、掲載した女性の詩を、手を加えて、整理して掲載してゆく。
これまで日本では紹介されていないもの、誤訳の多かった詩などを、時代の背景、出自、その他関連するものなどから正しい解釈を進めてゆく。
毎日、20000文字掲載しているので、また、大病後で、ブログコミュニケーションが直ちに取ることができないけれど、精一杯努力してお返事いたします。

P R