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中国文学 李白・杜甫・韓愈・李商隠と女性詩 研究

詩の訳注解説をできるだけ物語のように解釈してゆく。中国詩を日本の詩に換えて解釈とする方法では誤訳されることになる。 そして、最終的には、時代背景、社会性、詩人のプロファイルなどを総合的に、それを日本人的な語訳解釈してゆく。 全体把握は同系のHPhttp://chubunkenkyu.byoubu.com/index.htmlを参照してもらいたい。

Ⅳ 政略婚) 《§-1 烏孫王に嫁いだ細君》3. 建国の英雄冒頓単于 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10609

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Ⅳ 政略婚) 《§-1 烏孫王に嫁いだ細君》3. 建国の英雄冒頓単于 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10609

Ⅳ 政略婚《§-1 烏孫王に嫁いだ細君》3. 建国の英雄冒頓単

 

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(Ⅳ 政略婚) 《§-1 烏孫王に嫁いだ細君》3. 建国の英雄冒頓単于 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10609

 

 

中国史・女性論

 


Ⅳ 政略婚 (近隣国・異民族に嫁いだ公主)

 

-§-1 烏孫王に嫁いだ細君

1. 和蕃公主

2. 最涯の地烏孫に嫁いだ細君

3. 建国の英雄冒頓単于

4. 匈奴遊牧王国の出現

5. 漢の高祖と冒頓単于

6. その後の漢帝国と勾奴との関係

7. 武帝の匈奴経略と張騫の西域行

8. 烏孫族と月氏族

9. 対匈奴攻守同盟策

10. 望郷の歌―黄鵠の歌

 

 

 

-§-1 烏孫王に嫁いだ細君

 

-§-1-3 建国の英雄冒頓単于

匈奴遊牧王国の建国者を冒頓というが、かれの年少時代の匈奴部族は、北アジアの遊牧部族のなかでも、まだ大した存在ではなかった。かれは、父の頭曼部長の下で苦労をかさねたようである。これについて『史記』の「匈奴伝」にみえる一文を、少し長いが、つぎに要約してみよう。

 

冒頓は秦の始皇帝のころ、その勇将の蒙恬が、北辺一帯に万里長城を修築したころ、匈奴部族の部長であった頭曼の子として生まれた。そのころ北アジアで勢力があった部族は、東方のシラムレン流域(興安嶺東麓)からチャハル方面に遊牧するモンゴル系の東胡族と、西方の河西地方(甘粛省西部) から西北モンゴリアおよびトルキスタン方面に占居するトルコ系の月氏族とであった。

匈奴部族は頭曼にひきいられて、その中間にあたるオルドス地方から今日の呼和浩特市(内蒙古自治区)を中心に、陰山山脈の南北一帝にいたが、東胡・月氏の二大強族にはさまれ、そのうえ南方からは秦軍の制圧をうけて、ついにオルドス地方を失うことになった。

そこで頭曼は、匈奴部の保身の一策として、冒頓を西隣りの月氏に人質としておくった。 もっとも、これには家庭の事情もあったらしく、なさぬ仲の母親が、頭蔓の寵をたのんで義子の冒頓を廃し、年少の己の子を立てようとした、たくらみにもよるものであったらしい。そのうち冒頓は、月氏国から逃げかえっているが、あたかも、そのころ秦では始皇帝が死んで蒙情も北辺から去り、さしもの秦の北辺防衛体制も瓦解に瀕していたため、匈奴部もやや勢力をもりかえし、オルドス地方へ再び進出しはじめつつあったときでもあったので、冒頓はただちに万騎の長官に任じられた。

こうして多数の部衆をえた冒頓が、最初にいだいた野望は、父への反逆であった。かれは苦心してそだてあげた強力な親兵隊をもってクーデタをおこし、父および父をとりまく人びと-上関氏(頭蔓単于の妻) や諸弟や反対派の諸部長 - を誅殺して、匈奴部族を中心とする諸部族連合体の首長(単于)になった。

 

『史記』の注釈家として知られる徐広は、この年を秦の二世皇帝の元年(前二〇九)に比定している。

ちなみに単于とは、匈奴語で君長という意味のことばであるが、冒頓は、おそらく匈奴部を中核とする諸部族の連合体をつくって、かれがその首長として、単于号を称したのであろう。

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プロフィール

HN:
漢文委員会 紀 頌之(きのあきゆき))
年齢:
78
性別:
男性
誕生日:
1946/09/10
職業:
文学者
趣味:
中国文学
自己紹介:
漢詩から唐・宋詩まで基本となる詩人・詩集を各全詩訳注解説してゆく、その中で、これまで他ブログに、掲載した女性の詩を、手を加えて、整理して掲載してゆく。
これまで日本では紹介されていないもの、誤訳の多かった詩などを、時代の背景、出自、その他関連するものなどから正しい解釈を進めてゆく。
毎日、20000文字掲載しているので、また、大病後で、ブログコミュニケーションが直ちに取ることができないけれど、精一杯努力してお返事いたします。

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