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中国文学 李白・杜甫・韓愈・李商隠と女性詩 研究

詩の訳注解説をできるだけ物語のように解釈してゆく。中国詩を日本の詩に換えて解釈とする方法では誤訳されることになる。 そして、最終的には、時代背景、社会性、詩人のプロファイルなどを総合的に、それを日本人的な語訳解釈してゆく。 全体把握は同系のHPhttp://chubunkenkyu.byoubu.com/index.htmlを参照してもらいたい。

九、集-01【字解集】1.賦得江邊柳 2.贈鄰女 3.浣紗廟 4.寄題錬師 5寄劉尚書  魚玄機 漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之 ブログ9690

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20171210

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【字解集】1.賦得江邊柳 

賦得江邊柳
翠色連荒岸,煙姿入遠樓。
影鋪秋水面,花落釣人頭。
根老藏魚窟,枝低繫客舟。
蕭蕭風雨夜,驚夢復添愁。

(江連の柳を賦し得たり)
翠色 荒岸に連り、煙姿 遠樓に入る。
影は鋪く秋水の面,花は落つ釣人の頭。
根老いて 魚窟を藏し、枝垂れて 客舟を繋ぐ。
蕭蕭たる風雨の夜には、夢を驚かし また愁を添ふ。

賦得江邊柳
1.
 (折楊柳で別れる“江辺の柳”をお題として詩作を求められて作った詩)

2. 魚玄機:晩唐時代の女流詩人。「長安の花街の娘」が定説とされている。明治の文豪・森鴎外に「魚玄機」が有り夙に知られる。“愛する男性を、侍女から奪われたと思い、咄嗟に殺した。” 強烈な性格は芸者屋の金と色の世界で養育された、とばかりとは言えない。詩にも個性が現れ、唐詩の中でも一閃光る、存在感充分である。
3.
 ・賦得 「江辺の柳」という題で作ったという意味。題があたえられて作った詩である。


翠色連荒岸,煙姿入遠樓。
もう春の盛りを過ぎるころとなり、柳の葉の緑も色濃く、荒れてものさびしい岸辺にずっとつづいてそよいでいます。春霞も遠く霞んだ柳の並木の彼方に高楼が目に入いります。
4. ・翠色 翠は濃い緑。盛春から晩春にかけての柳葉とかんがえる。青に近い。
5.
 ・荒岸 (こうがん) さびしい岸べ。
6.
 ・煙姿 もやにかすんだ柳の木の姿。


影鋪秋水面,花落釣人頭。
秋水を思わせる清らかに澄んだ水面に、はっきりと柳の木の影がうつっています。柳絮の綿帽子が花びらが落ちるようにふわりふわりと、河の岸で釣りをしている人の頭のうえに飛んでいます。
7. ・秋水  1 秋のころの澄みきった水。秋の水。《季 秋》「―に石の柱や浮見堂/虚子」 2 曇りのない、よく研ぎ澄ました刀。
8.
 ・花 柳絮の種子のわたがとぶさま。晩春。
9.
 ・釣人(ちようじん) 釣りをしている人。


根老藏魚窟,枝低繫客舟。
古い大きな柳の木の根もとの土手の土が崩れて出来たほら穴が魚どものよい住み家になっているようです。垂れさがった柳の木の枝には、旅の舟がつないであります。
10. ・魚窟 魚の住む穴。


蕭蕭風雨夜,驚夢復添愁。
日も落ちてさびしい雨と風の夜になって柳の木の枝がざわざわと騒がしい音がしています。風雨の音に驚いて夢からさめ、今日も来なかったあの人をおもい、またひとしおさびしいに引き入れられるのです。
11. ・蕭蕭 (しょうしょう) ざわざわと騒がしい音の形容
12.
 ・愁 さびしさ。

 

 

 

【字解集】2.贈鄰女 

贈鄰女
羞日遮羅袖、愁春懶起粧。
易求無價宝、難得有心郎。
枕上潜垂涙、花間暗断腸。
自能窺宋玉、何必恨王昌。

(鄰女に贈る)

日を羞じて羅袖【らしゅう】を遮り、春を愁いて 起きて粧するに懶【】うし。
無價【むか】の宝を求むることは易すきも、有心の郎を得ることは難し。
枕の上に潜【ひそ】かに涙を垂れ、花の間に暗して腸を。断る
自ら能く宋玉を窺い、何ぞ必ず王昌を恨まん。
(限ることの無い思い獨り憐み、枝松に亜ぎんことに吟ずること罷む。)

 


2. 贈鄰女
1.
 (美人で賢い隣に住む女に贈る)

この詩について、解釈と時期について諸説ある。何度読み返しても森鴎外の解釈が理にかなっているように思える。ここでは、その論争の仲間入りをする気はないので、中國の女性史の中でもはっきりと主張できた女性として解釈して訳し文を書いた。


羞日遮羅袖、愁春懶起粧。
今朝方まで眠れず、今、真昼のあかるい日ざしが眩しく、化粧も直していなくて、お日さまにはずかしい。うすものの袖で、顔と胸もとをおおってしまうのです。窓の外に、小鳥がさえずりが聞こえてきます。
この春も、一日ごとに過ぎてまた青春がひとつ過ぎ去るのです。とてもさびしくて、寢牀から起き出して化粧をするのも面倒です。

2.
 ・羅袖(らしゅう) うすものの袖。
3.
 ・起粧(妝) 起きあがってお化粧すること。


易求無價宝、難得有心郎。
どんな高価な賓でも求めるということになれば、人間の力で求められないことはないのです。けれども、眞心でもって愛してくださる殿方にめぐり会うということはありえない難しいことなのです。
4. ・有心郎(ゆうしんのろう) ほんとうに心から自分を愛してくれる男。


枕上潜垂涙、花間暗断腸。
枕の上に涙を垂れるのも毎日のことになってしまい、行楽の季節になっても男女が花の間で睦み合うのに私は下腹に疼きを感じるだけなのです。
5. ・花間(かかん)春の行楽。


自能窺宋玉、何必恨王昌。
わたしはやはり宋玉のような、美しいお方でりっはな詩人のかたを好きになってこの身をささげたいとおもいます。だからどんなことがあっても「王昌」の故事のように「東家の人」が良かったなんてどうして憾むことなんかすることなどないのです。
6. ・宋玉 戦国の末、紀元前三世紀ごろの楚の国の詩人。美男子で、隣の女がのぞき見したという。
7.
 ・何必恨王昌 梁武帝(蕭衍)『河中水歌』 
「河中之水向東流,洛陽女兒名莫愁。莫愁十三能織綺,十四採桑南陌頭,十五嫁為盧家婦,十六生兒字阿侯。盧家蘭室桂為梁,中有鬱金蘇合香。頭上金釵十二行,足下絲履五文章。珊瑚挂鏡爛生光,平頭奴子擎履箱。人生富貴何所望。恨不早嫁東家王。」

 

 

 

 

 

【字解集】3.浣紗廟 

寄國香

旦夕醉吟身,相思又此春。

雨中寄書使,窗下斷腸人。

山捲珠簾看,愁隨芳草新。

別來清宴上,幾度落梁塵。

(國香に寄す)

旦夕酔吟の身、相思何れの虞にか申べん。

雨中書を寄する使、窗下腸を断つの人。

山は珠簾を捲いて 看る、愁は芳草に随って 新なり。

別来清宴の上、幾度か 梁塵を落したまひしならん。

 

寄國香
1.
 (長安で親しかった歌姫の國香から便りが届いたので、返事を書いて寄せた詩)

2. 國香というのは、歌姫(芸妓)の名である。彼女が李億の妾となる前から、長安で親しかった歌姫で、それがはるばる今彼女のいる鄂州へ便りをくれたことに対し、返事した詩である。

この詩では李億に捨てられたことは芸妓の身である以上裂離ということを覚悟をしているのだ。

3. 唐の歌妓優 玄宗は音楽、歌舞を特に愛好したので、彼の治世には宮妓の人数は大幅に増大し、教坊は隆盛を極めた。また玄宗は宮中に梨園、宜春院などを設け、特に才能のある芸妓を選りすぐり、宮中に入れて養成した。当時、宜春院に選抜された妓女は、「内人」とか、「前頭人」とよばれた。玄宗は常日頃バ勤政楼の前で演芸会を開き、歌舞の楽妓は一度に数百人も出演することがあり、また縄や竹竿を使う、さまざまな女軽業師の演戯もあった。この後は、もうこれほどの盛況はなかったが、しかし教坊は依然として不断に宮妓を選抜して教坊に入れていた。憲宗の時代、教坊は皇帝の勅命だと称して「良家士人の娘及び衣冠(公卿大夫)の家の別邸の妓人を選び」内廷に入れると宜言したので(『H唐書』李絲伝)、人々は大いに恐れおののいた。そこで憲宗は、これは噂であると取り消さざるを得なかった。文宗の時代、教坊は一度に「覚裳羽衣」(開元、天宝時代に盛んに行われた楽曲)の舞いを踊る舞姫三百人を皇帝に献上したことがあった。

 

  * 梨園、宜春院。玄宗は長安の禁苑中に在る梨園に子弟三百人を選んで江南の音曲である法楽を学ばせ、また宮女数百人を宜春北院に置いて梨園の弟子とした。

 

旦夕醉吟身,相思又此春。

朝晩、酒宴にでて詩詞を作り、吟じています。思いを寄せていたあの人とではなく、ただ春の思いをしているだけなのです。

4. ・旦夕 朝・晩。
5.
 ・酔吟 酔って詩や歌を口ずさむこと。


雨中寄書使,窗下斷腸人。
春の長雨の中あなたからの手紙を持ってきた使いの人が来てくれたのです。わたしは窓の下でいくら待っても来ない男を待つだけのひとでいます。

6. ・寄書使  国香からの手紙をもってきた使者。


山捲珠簾看,愁隨芳草新。

ここは隠霧亭のある山があり、ここからも玉すだれをかかげて山を望みます。愁いの気持ちはこの春の新しく芽を出した芳草を見て沈んだ心になります。

7. ・山捲珠簾看 白居易『香炉峰下新卜山居 草堂初成偶題東壁』(香炉峰の雪は簾を撥かかげて看る、隠棲した後ゆっくりとしたした気持ちを云う。)に基づいている。

 

別來清宴上,幾度落梁塵。

別離のための立派な宴会があるでしょう、わたしたち女は幾たびもあの部屋の梁の上に降り重なり塵埃のように同じことの繰り返しを経験していくのです。

8. ・清宴 官僚が列席した立派な宴会。魚玄機たちは官妓であった。中央政府の道教観や州府の管轄に置かれた。実際は、妓楼や酒楼は個別に運営されており、唐代・長安の北里にあった。

9. ・梁塵 寝牀に寝て見えるのが梁や天井であることから男と寝牀を共にすることを意味し、男女の別れを意味している。

10. ・妓優の義兄弟  この詩は、魚玄機と國香との仲を、「香火兄弟」の様な中ではなかったかという事である。 外教坊の芸妓の大半は、家族全員が宮廷に仕える芸人集団であった。たとえば裴大娘自身は歌舞妓であり、その兄は筋斗伎であり、夫は竿木伎であった。芸妓たちの生活は、たいてい皇室からの給養で成り立っており、いつでも御召にそなえ、宮中に出仕したが、それ以外に宮廷外の招きに応じることもできたようである。たとえば『教坊記』に次のような話が載っている。蘇五奴の妻で歌舞妓であった張四娘は、「踏謡娘」を上手に演ずることができたので、いつも人々から招かれた、と。おそらく一定の報酬を得ていたことだろう。

 教坊妓は彼女たち独特の一風変った生活の仕方と考えを持っていた。彼女たちは仲間同士で意気投合すると、「香火兄弟」(神仏の前で香火をたき義姉妹の契りを結んだ仲)となった。多いものは十四、五入少ないものでもハ、九人がそれぞれ集団をつくった。もし、その中のT入が嫁に行くと、香火兄弟たちは彼女の夫を女仲間にみたてて、「嫂嫂」とか「新婦」などとよんだ。また同時にその夫に睦み親しむことができたが、妻となった妓は決して嫉妬することはなかった。彼女たちはそれを突叛の習俗にならったものであるといっていた。

 

 

 

 

 

 

 

【字解集】4.寄題錬師 

 

 

 

 

 

 

 

 

【字解集】5寄劉尚書

寄題錬師
霞彩剪爲衣、添香出繍幃。芙蓉花葉 、山水帔霞稀。
駐履聞鶯語、開籠放鶴飛。高堂春睡覚、暮雨正霏霏。

(錬師に寄題す)
霞彩を剪りて衣と為し、香を添へて 繍幃を出づ。
芙蓉 花葉……、山水 帔霞 稀なり。
履を駐めて 鶯の語るを聞き、籠を開いて 鶴の飛ぶに放す。
高堂 春陸より覚むれば、暮雨 正に 霏霏たり。


寄題錬師 
1.
 (元芸妓で女道士の鎌師を題にした詩を彼女に寄せたもの)

2. ・寄題 鎌師を題にしてよんだという意。
3.
 ・錬師 花街の女が官僚の女になったものの互いに呼び合った名前らしい。孫権の歩夫人にあやかっての呼び合っていたのであろう。ちなみに歩夫人は徐州臨淮郡淮陰(現在の江蘇省淮安市)の出身。呉に仕えた歩隲の同族。諱は「練師」だった(『建康実録』)。史書に名前が残る孫権の妻の一人。戦乱を避けて母と共に江東に移住した所、孫権に見初められて夫人となった。嫉妬しない性格だったため孫権が最も寵愛した夫人となった。孫権が皇帝に即位すると内心歩夫人を皇后にしようと考えていたが、皇太子の孫登や群臣達は孫登の養母である徐夫人を皇后にすることを望んでいた。しかし孫権は徐夫人の立后を拒否し、歩夫人もまた皇后につこうとせず238年に没した。
孫権はあらためて歩夫人に皇后の位を追贈し、孫権死後に陵墓である「蒋陵」に一緒に葬られることになった。


霞彩剪爲衣、添香出繍幃。
色美しい霞を裁って衣とした道衣を身につけ、焚きこめた香の匂いをただよわせながら、単衣の帷の奥からあらわれた姿は、神秘的ですてきな姿です。
4.
 ・霞彩 色あざやかなかすみ。
5.
 ・繍幃(しゅぅい) 繍はぬいとり、幃はひとえのとばり。単帳のこと。


芙蓉花葉、山水帔稀。
薄絹に木芙蓉の花と葉が鮮やかに色濃い模様の美しい、とばりの向こうに庭の山水が映っていて、霞模様の着物がまれにみえている。
6.
 ・芙蓉花葉、山水帔稀。の部分の意味として、"注意深い ・ かゆい所に手の届く ・ 十分な ・ (密度の)濃、愛情・信用などが厚い(情の)濃い ・ (情の)こもった ・ 親密な(関係) ・ こまやかな ・ 密な(往来) ・ 手厚い(看護) ・ (~を)信頼して ・ 頼りにして."などの意味の語であろう。
7.
 ・芙蓉 葵科の落葉濯木。花は大形で淡紅色または白色であり、観賞用になる。「芙蓉」はハスの美称でもあることから、とくに区別する際には「木芙蓉」(もくふよう)とも呼ばれる。
8.
 ・帔霞 帔は、もすそ、またはそでなしの羽織。霞吸は、道士の服で霞のもようのついたもの。


駐履聞鶯語、開籠放鶴飛。
庭さきに出た彼女は、足をとめてじっと鶯の聾の美しさに聞きほれているようです、また軒につるした籠をあけて、鶴を自由な空へ飛びたたせたりしています。
9. ・履 くつ、はきもの。


高堂春睡覚、暮雨正霏霏。
のどかな春の日、高楼の座敷で昼寝のゆっくりした夢からさめました、もう夕暮れちかくになっていて、春雨がしとしと降っているのです。
10. ・高堂(こうどう) 高くかまえたりつばな家。高楼の座敷
11.
 ・霏霏 雨や雪の盛んにふるさま。
韋荘の『淸平樂』に「春愁南陌。故國音書隔。細雨霏霏梨花白。燕拂畫簾金額。盡日相望王孫,塵滿衣上涙痕。誰向橋邊吹笛,駐馬西望消魂。」とある。

【小雅.采薇】 昔我往矣,楊柳依依; 今我來思,雨雪霏霏。 行道遲遲,載渴載飢。 我心傷悲,莫知我哀。(昔我往きしとき、楊柳は依依(枝柔らかく風に従うさま)たりき。今我來りて(思は助詞)、雨雪は霏霏(雪の激しいさま)たり。道行くこと遲遲、載ち渴き載ち飢う。我が心は傷み悲し、我が哀しみを知るなし。)昔我らが進軍したとき楊柳は枝柔らかく風に従っていた。今(敗れて)我ら帰り來ったが、雨雪は冷たく吹き荒ぶ。行軍も遲遲とし渴き飢える。我が心は傷み悲し、我が哀しみを知るなし(人というより天に見放されたの思いでしょう)。

とある。

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プロフィール

HN:
漢文委員会 紀 頌之(きのあきゆき))
年齢:
71
性別:
男性
誕生日:
1946/09/10
職業:
文学者
趣味:
中国文学
自己紹介:
漢詩から唐・宋詩まで基本となる詩人・詩集を各全詩訳注解説してゆく、その中で、これまで他ブログに、掲載した女性の詩を、手を加えて、整理して掲載してゆく。
これまで日本では紹介されていないもの、誤訳の多かった詩などを、時代の背景、出自、その他関連するものなどから正しい解釈を進めてゆく。
毎日、20000文字掲載しているので、また、大病後で、ブログコミュニケーションが直ちに取ることができないけれど、精一杯努力してお返事いたします。

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