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中国文学 李白・杜甫・韓愈・李商隠と女性詩 研究

詩の訳注解説をできるだけ物語のように解釈してゆく。中国詩を日本の詩に換えて解釈とする方法では誤訳されることになる。 そして、最終的には、時代背景、社会性、詩人のプロファイルなどを総合的に、それを日本人的な語訳解釈してゆく。 全体把握は同系のHPhttp://chubunkenkyu.byoubu.com/index.htmlを参照してもらいたい。

八、2.69 薛濤 《摩訶池贈蕭中丞》 漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之 ブログ9354

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八、2.69 薛濤 《摩訶池贈蕭中丞》 漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之 ブログ9354

八、2.69 薛濤 《摩訶池贈蕭中丞》 

 

20171026

の紀頌之"6"つの校注Blog

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」。、現在、①李白集校注詩全詩、②昌黎先生集全40巻他全詩、③杜詩詳注、④花間集、⑤玉臺新詠、⑥薛濤詩 全訳注解説

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 八、2.69 薛濤 《摩訶池贈蕭中丞》 漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之 ブログ9354

 (武元衝と遊んだ摩訶池に来て蕭中丞様に贈る。)
この前の武元衝節度使をあなたは、持っておられる才能生かして立派に補佐されました今朝から、また、この想い出の摩訶池に同じように舟を浮かべ、お遊びのお相手を申しあげるのです。
しかし、さびしいことに、流れてゆく水が、遠くくずれ落ちてゆく岸のあたり、武元衝を偲んで建っている碑の前では、思いなしか、水までが忍び泣きにむせんで、流れ去ってゆくことを、ためらっているような気さえします。


 

 

 

薛濤詩 

 

 

62. 賊平后上高相公

驚看天地白荒荒,瞥見青山舊夕陽。
始信大威能照映,由來日月借生光。

 

63. 續嘉陵驛詩獻武相國

蜀門西更上青天,強為公歌蜀國弦。

卓氏長卿稱士女,錦江玉壘獻山川。

 

64. 上川主武元衡相國 其一
落日重城夕霧收,玳筵雕俎荐諸侯。
因令朗月當庭燎,不使珠帘下玉鉤。 


65.
 上川主武元衡相國 其二
東閣移尊綺席陳,貂簪龍節更宜春。
軍城畫角三聲歇,云幕初垂紅燭新。 

 

66. 題嘉陵驛 武元衡

悠悠風旆繞山川,山驛空濛雨作煙。

路半嘉陵頭已白,蜀門西更上靑天。

 

67. 聽歌 武元衝

月上重樓絲管秋,佳人夜唱古梁州。

滿堂誰是知音者,不惜千金與莫愁。

 

武元衝 贈歌人

林鶯一哢四時春、蟬翼羅衣白玉人。

曾逐使君歌舞地、淸泉長咽翠眉頻。

 

68. 摩訶池宴 

摩訶池上春光早,愛水看花日日來。
穠李雪開歌扇掩,綠楊風動舞腰回。
蕪臺事往空留恨,金谷時危悟惜才。
晝短欲將清夜繼,西園自有月裴回。

 

69. 摩訶池贈蕭中丞 

昔以多能佐碧油,今朝同泛舊仙舟。

淒涼逝水波遠,惟有碑泉咽不流。

 

70. 

峨嵋山下水如油,憐我心同不繫舟。
何日片帆離錦浦,棹聲齊唱發中流。

71. 送盧員外 

玉壘山前風雪夜,錦官城外別離魂。
信陵公子如相問,長向夷門感舊恩。

 

72. 斛石山曉望寄呂侍

曦輪初轉照仙扃,旋擘煙嵐上窅冥。
不得玄暉同指點,天涯蒼翠漫青青。

 

武元衛は、彼女が成都で仕えた十一人の節度使のうちの一人。元和二年、彼女の四十六歳の年に、武元衛は宰相を兼務したまま剣南西川節度使となって赴任してきた。その着任と同時に献じた詩が、「嘉陵驛の詩に續けて、武相國に獻ず」(6 1)で、この詩はその翌年の春の作である。武元衡は、元和八年二月、成都を出塗して、宰相として都にもどっている。薛濤は、四十歳から四十七歳までの八年、營妓として武元衝に仕えた。

 

 

 

 薛濤 69《摩訶池贈蕭中丞》

 

 

訳注解説

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9354

 

 

 

 

摩訶池贈蕭中丞摩訶池贈蕭中丞
(武元衝と遊んだ摩訶池に来て蕭中丞様に贈る。)
昔以多能佐碧油,今朝同泛舊仙舟。
この前の武元衝節度使をあなたは、持っておられる才能生かして立派に補佐されました今朝から、また、この想い出の摩訶池に同じように舟を浮かべ、お遊びのお相手を申しあげるのです。
淒涼逝水波遠,惟有碑泉咽不流。
しかし、さびしいことに、流れてゆく水が、遠くくずれ落ちてゆく岸のあたり、武元衝を偲んで建っている碑の前では、思いなしか、水までが忍び泣きにむせんで、流れ去ってゆくことを、ためらっているような気さえします。

 

(摩訶池、蕭中丞に贈る)
昔 多能を以って碧油【へきゆう】を佐く,今朝 同に泛ぶ舊仙舟。
淒涼たる逝水【せいすい】
波 遠く,惟だ碑泉に有って咽【むせ】んで流れず。

 

摩訶池宴
摩訶池上春光早,愛水看花日日來。
穠李雪開歌扇掩,綠楊風動舞腰回。
蕪臺事往空留恨,金谷時危悟惜才。
晝短欲將清夜繼,西園自有月裴回。
成都城の摩訶池のまわりに春のひかりが早くも届いている。この春めいた池の水を愛で、咲き誇る花を見て春の日は日とともにすぎていく。
花がたくさん咲いているすももはその枝に雪を開かせ、それは扇で花吹雪を散らすようだ。土手の緑の柳の枝は風で揺れ動き、まるで細腰を廻し踊るようである。
荒れ果てた政治府は仕事をするために行くけれど空しく恨みだけをそこにとどめている。贅の限りを盡した苑はそれが危うくなる時才能あるものを生かすことなくいたずらに行くしかなかった。
秋が訪れ昼の時間が短くなると清々しい夜の部分でもってつながっていくが、西向きの庭園では明月が上がってきて夜の散策が風流である。
(摩訶池の宴)

摩訶池の上【ほとり】春光早し,水を愛し花を看るに日日來る。

穠李【じょうき】雪開く歌扇【かせん】掩い,綠楊 風動く舞腰 回る。

蕪臺【ぶだい】事往きて空しく恨みを留め,金谷 時危うくして才を惜むを悟る。

晝短かければ清夜を將って繼がんと欲す,西園 自ら月の裴回する有り。

 

『摩訶池贈蕭中丞摩訶池贈蕭中丞』 現代語訳と訳註
(
本文)
摩訶池贈蕭中丞摩訶池贈蕭中丞

昔以多能佐碧油,今朝同泛舊仙舟。
淒涼逝水
波遠,惟有碑泉咽不流。


(下し文)
(摩訶池、蕭中丞に贈る)
昔 多能を以って碧油【へきゆう】を佐く,今朝 同に泛ぶ舊仙舟。
淒涼たる逝水【せいすい】
波 遠く,惟だ碑泉に有って咽【むせ】んで流れず。


(現代語訳)
 (武元衝と遊んだ摩訶池に来て蕭中丞様に贈る。)
この前の武元衝節度使をあなたは、持っておられる才能生かして立派に補佐されました今朝から、また、この想い出の摩訶池に同じように舟を浮かべ、お遊びのお相手を申しあげるのです。
しかし、さびしいことに、流れてゆく水が、遠くくずれ落ちてゆく岸のあたり、武元衝を偲んで建っている碑の前では、思いなしか、水までが忍び泣きにむせんで、流れ去ってゆくことを、ためらっているような気さえします。


(訳注)
摩訶池贈蕭中丞
1. (武元衝と遊んだ摩訶池に来て蕭中丞様に贈る。)
2. ・摩詞池 成都城内にある池の名。陳・隋間の勇将、蕭摩訶がつくったというもの。蕭摩訶は、南蘭陵の人で、あざなは元胤。幼い時に父をなくしたが、元気いっぱい、勇力があり、陳の呉明徹の部将となり、北伐にしたがい、部下の騎馬隊を引具して、深く敵の城に入り、縦横に奮撃、当たるところ敵なしというありさまであったので、呉明徹は、彼を三国時代の蜀の勇将、関羽や張飛以上だといったという。功績によって腰騎大将軍となり、緩遠郡公に封ぜられた。隋の時代には、開府儀同三司になったが、幷州で叛逆に加わり、誅せられた。この他、今はないという。摩訶池では、しばしば船を浮かべて宴が催されたらしく、西川節度使武元衝の詩中にも、「摩訶池宴」とか、「摩訶池送李侍禦之鳳翔」(摩詞池にて李侍御の鳳翔に之くを送る)などの詩がのこっている。「摩訶池宴」は当時のこの池の風光をよく写している。
3.
 ・蕭中丞 中丞は御史中丞の略称。官名。法律にあかるい者をもってあて、官吏の弾劾などのことに当たる役。蕭は蕭祜。また蕭祐ともいう。あざなは祐之。蘭陵の人。進士の試験によらず、処士から特に召されて、拾遺(官名)となり、元和の初め、御史中丞をへて、桂管防御史観察使になった。


昔以多能佐碧油,今朝同泛舊仙舟。
この前の武元衝節度使をあなたは、持っておられる才能生かして立派に補佐されました今朝から、また、この想い出の摩訶池に同じように舟を浮かべ、お遊びのお相手を申しあげるのです。
4. ・多能 いろいろな才があっての意。蕭砧は、琴が巧みで、かつ書画をよくし、自然を愛し、ごくおだやかな人物であったという。
5.
 ・碧油 碧油の幢。幢は旗の一種。青色の、雨をとおしがたい布の旗。多く軍中に用いたので、ここは節度使(軍政長官)のことをさす。剣南西川節度使の武元衡をさす。
6.
 ・仙舟 風流な舟。仙はその美称の冠辞。


淒涼逝水波遠,惟有碑泉咽不流。
しかし、さびしいことに、流れてゆく水が、遠くくずれ落ちてゆく岸のあたり、武元衝を偲んで建っている碑の前では、思いなしか、水までが忍び泣きにむせんで、流れ去ってゆくことを、ためらっているような気さえします。
7. ・淒涼 ものさびしい感じ。・淒涼 ひえびえとする。うらさびしい。別れて、一人で清々する。 でも、また寂しさを感じる。杜甫は人と別れる際の詩に多く使う。『贈虞十五司馬』詩に「淒涼憐筆勢,浩蕩問詞源。」など。
8.
 ・
 くずれる波。岸辺に寄せる波。
9.
 ・碑 石碑。

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プロフィール

HN:
漢文委員会 紀 頌之(きのあきゆき))
年齢:
78
性別:
男性
誕生日:
1946/09/10
職業:
文学者
趣味:
中国文学
自己紹介:
漢詩から唐・宋詩まで基本となる詩人・詩集を各全詩訳注解説してゆく、その中で、これまで他ブログに、掲載した女性の詩を、手を加えて、整理して掲載してゆく。
これまで日本では紹介されていないもの、誤訳の多かった詩などを、時代の背景、出自、その他関連するものなどから正しい解釈を進めてゆく。
毎日、20000文字掲載しているので、また、大病後で、ブログコミュニケーションが直ちに取ることができないけれど、精一杯努力してお返事いたします。

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