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中国文学 李白・杜甫・韓愈・李商隠と女性詩 研究

詩の訳注解説をできるだけ物語のように解釈してゆく。中国詩を日本の詩に換えて解釈とする方法では誤訳されることになる。 そして、最終的には、時代背景、社会性、詩人のプロファイルなどを総合的に、それを日本人的な語訳解釈してゆく。 全体把握は同系のHPhttp://chubunkenkyu.byoubu.com/index.htmlを参照してもらいたい。

八、2.70 薛濤 《鄉思 》 漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之 ブログ9361

八、2.70 薛濤 《思 》

 

20171027

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」。、現在、①李白集校注詩全詩、②昌黎先生集全40巻他全詩、③杜詩詳注、④花間集、⑤玉臺新詠、⑥薛濤詩 全訳注解説

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八、2.70 薛濤 《思 》 漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之 ブログ9361

(故郷を思う詩)
峨嵋山の麓を流れる川の水は、まるで油でも流したようにかに、しずかに、よどみなくたえず流れてゆく。その川面に、浮かべられた小舟のように帰るところが定めない身は、時の流れに、ともづなを解かれて、ほうりだされている舟のようなありさまなのです。
何時の日か、この成都の船津から、片帆を挙げて舟出しようとおもう。その時は、船頭の舟歌を、みんなで合唱して、舟を中流にのり出そうと思っている。


 

 

 

薛濤詩 

 

 

62. 賊平后上高相公

驚看天地白荒荒,瞥見青山舊夕陽。
始信大威能照映,由來日月借生光。

 

63. 續嘉陵驛詩獻武相國

蜀門西更上青天,強為公歌蜀國弦。

卓氏長卿稱士女,錦江玉壘獻山川。

 

64. 上川主武元衡相國 其一
落日重城夕霧收,玳筵雕俎荐諸侯。
因令朗月當庭燎,不使珠帘下玉鉤。 


65.
 上川主武元衡相國 其二
東閣移尊綺席陳,貂簪龍節更宜春。
軍城畫角三聲歇,云幕初垂紅燭新。 

 

66. 題嘉陵驛 武元衡

悠悠風旆繞山川,山驛空濛雨作煙。

路半嘉陵頭已白,蜀門西更上靑天。

 

67. 聽歌 武元衝

月上重樓絲管秋,佳人夜唱古梁州。

滿堂誰是知音者,不惜千金與莫愁。

 

武元衝 贈歌人

林鶯一哢四時春、蟬翼羅衣白玉人。

曾逐使君歌舞地、淸泉長咽翠眉頻。

 

68. 摩訶池宴 

摩訶池上春光早,愛水看花日日來。
穠李雪開歌扇掩,綠楊風動舞腰回。
蕪臺事往空留恨,金谷時危悟惜才。
晝短欲將清夜繼,西園自有月裴回。

 

69. 摩訶池贈蕭中丞 

昔以多能佐碧油,今朝同泛舊仙舟。

淒涼逝水波遠,惟有碑泉咽不流。

 

70. 

峨嵋山下水如油,憐我心同不繫舟。
何日片帆離錦浦,棹聲齊唱發中流。

71. 送盧員外 

玉壘山前風雪夜,錦官城外別離魂。
信陵公子如相問,長向夷門感舊恩。

 

72. 斛石山曉望寄呂侍

曦輪初轉照仙扃,旋擘煙嵐上窅冥。
不得玄暉同指點,天涯蒼翠漫青青。

 

武元衛は、彼女が成都で仕えた十一人の節度使のうちの一人。元和二年、彼女の四十六歳の年に、武元衛は宰相を兼務したまま剣南西川節度使となって赴任してきた。その着任と同時に献じた詩が、「嘉陵驛の詩に續けて、武相國に獻ず」(6 1)で、この詩はその翌年の春の作である。武元衡は、元和八年二月、成都を出塗して、宰相として都にもどっている。薛濤は、四十歳から四十七歳までの八年、營妓として武元衝に仕えた。

 

 

 

 薛濤 70 《

 

 

訳注解説

 

 

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(故郷を思う詩)
峨嵋山下水如油,憐我心同不繫舟。
麓を流れる川の水は、まるで油でも流したようにかに、しずかに、よどみなくたえず流れてゆく。その川面に、浮かべられた小舟のように帰るところが定めない身は、時の流れに、ともづなを解かれて、ほうりだされている舟のようなありさまなのです。
何日片帆離錦浦,棹聲齊唱發中流。峨嵋山の何時の日か、この成都の船津から、片帆を挙げて舟出しようとおもう。その時は、船頭の舟歌を、みんなで合唱して、舟を中流にのり出そうと思っている。

思)
峨嵋 山の下 油の如く水あり,我が心 繫舟をがざるを同じうするを憐む。
何れの日にか 片帆 錦の浦を離れん,棹聲 齊唱して 中流を發す。

 

 

思』 現代語訳と訳註
(
本文)
峨嵋山下水如油,憐我心同不繫舟。
何日片帆離錦浦,棹聲齊唱發中流。


(下し文)

思)
峨嵋 山の下 油の如く水あり,我が心 繫舟をがざるを同じうするを憐む。
何れの日にか 片帆 錦の浦を離れん,棹聲 齊唱して 中流を發す。


(現代語訳)
(故郷を思う詩)
峨嵋山の麓を流れる川の水は、まるで油でも流したようにかに、しずかに、よどみなくたえず流れてゆく。その川面に、浮かべられた小舟のように帰るところが定めない身は、時の流れに、ともづなを解かれて、ほうりだされている舟のようなありさまなのです。
何時の日か、この成都の船津から、片帆を挙げて舟出しようとおもう。その時は、船頭の舟歌を、みんなで合唱して、舟を中流にのり出そうと思っている。


(訳注)
1. (故郷を思う詩)
2. *成都から南の嘉州にくだる岷江川幅が広がり、の流れがなく、葦の間を油のように静かに流れているとあるから、第一句は、実景そのままだという。この詩は、前詩『摩訶池贈蕭中丞摩訶池贈蕭中丞』とまったく同じ韻(油,舟。流。)であり、テーマとして与えられたことに応えてのものである。お座敷遊び化、書簡によるものかは不明であるが、そういった要求が無ければ詩を作る意味がないし、時機を逸して同じ韻を踏むことそのものに文学的な意味を見いだせない【漢詩大系の辺に詳しい解説も的外れで苦笑する。】
摩訶池贈蕭中丞摩訶池贈蕭中丞
昔以多能佐碧油,今朝同泛舊仙舟。
淒涼逝水
波遠,惟有碑泉咽不流。

思(故郷を思う詩)
3.
 ・郷思 故郷をしたうこと。薛濤は長安のうまれ。本籍は河東といわれるが、薛濤は自分のことをこの詩で詠っているのではない。誰かを想定して、韻を踏んで詠ったに過ぎないもので、感情がこもったものではない。


峨嵋山下水如油,憐我心同不繫舟。
峨嵋山の麓を流れる川の水は、まるで油でも流したようにかに、しずかに、よどみなくたえず流れてゆく。その川面に、浮かべられた小舟のように帰るところが定めない身は、時の流れに、ともづなを解かれて、ほうりだされている舟のようなありさまなのです。
4. ・峨眉山 四川省にある名山。成都の南方に当たる。かなり距離があるから、成郡からは見えない。成都に入るには船旅が多く長い船旅で峨眉が見えれば成都に入ることを思い、峨眉山と別れをすることが成都に別れを告げることになる。李白が成都を後にして江南への旅をする際『峨眉山月下』を詠っており、詩情の中では、成都といえば、峨眉山が連想されるのである。
5.
 ・水如池 成都の町を流れ下る水は、油を流したように静かである。
錦江は、かの所謂蜀江の錦を洗ったというその蜀江だ。水清く、静かに流れ、成郡の南で岷江に入る。岷江は、その源を岷算に発し、東南流して灌県都江堰で、水数流に分れて蜀の平野に治水、潅漑し、成都の南で諸水合流して南に流れ、嘉定の城南で大渡河の水を合してさらに南に流れるもので、成都盆地で河川の黄梅が急になくなるので、黄梅のゆるくなる箇所で灌漑のための水というより治水調整が必要であった。このため川幅の大きな河川をいくつも作ったのである。この河川は農業ばかりでなく商工業に盛んに利用され、中国内陸部では珍しく安定した地域であった。
蜀の秋は静かであった。岷江の水も静かで、両岸に護花咲き乱れ、風光絵のやうであった。その静かな眠江を下りつつ、いよいよ帰るのだと息へは、急に旅愁身にしむを覚えた。
6.
 ・不繋舟 船頭もなく、ただ水面に浮いている舟。運命にまかせたすがた。


何日片帆離錦浦,棹聲齊唱發中流。
何時の日か、この成都の船津から、片帆を挙げて舟出しようとおもう。その時は、船頭の舟歌を、みんなで合唱して、舟を中流にのり出そうと思っている。
7. ・錦浦 成都を錦官城という。錦を産するからである。その城のあきを錦江が流れている。その河辺の船着場。
8.
 ・棹聲 権は、舟の側にとつけて舟を漕ぐ道具。棹声は宣唐の歌う舟歌。

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プロフィール

HN:
漢文委員会 紀 頌之(きのあきゆき))
年齢:
71
性別:
男性
誕生日:
1946/09/10
職業:
文学者
趣味:
中国文学
自己紹介:
漢詩から唐・宋詩まで基本となる詩人・詩集を各全詩訳注解説してゆく、その中で、これまで他ブログに、掲載した女性の詩を、手を加えて、整理して掲載してゆく。
これまで日本では紹介されていないもの、誤訳の多かった詩などを、時代の背景、出自、その他関連するものなどから正しい解釈を進めてゆく。
毎日、20000文字掲載しているので、また、大病後で、ブログコミュニケーションが直ちに取ることができないけれど、精一杯努力してお返事いたします。

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