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中国文学 李白・杜甫・韓愈・李商隠と女性詩 研究

詩の訳注解説をできるだけ物語のように解釈してゆく。中国詩を日本の詩に換えて解釈とする方法では誤訳されることになる。 そして、最終的には、時代背景、社会性、詩人のプロファイルなどを総合的に、それを日本人的な語訳解釈してゆく。 全体把握は同系のHPhttp://chubunkenkyu.byoubu.com/index.htmlを参照してもらいたい。

九、036卷804_33 《過鄂州》 魚玄機 漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之 ブログ9951

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九、036卷804_33 《過鄂州》 魚玄機 漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之 ブログ9951

全唐詩卷804_33 《過鄂州》 魚玄機 

 

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」。、現在、①李白集校注詩全詩、②昌黎先生集全40巻他全詩、③杜詩詳注、④花間集、⑤玉臺新詠、⑥薛濤詩 全訳注解説

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九、036804_33 《過鄂州》 魚玄機 漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之 ブログ9951

(旅は進み、鄂州の町を通るけれど、抒情をのべたもの)
柳の枝は低くたれ、船頭の漕ぐかじをはらう、木々はみな花ざかり、枝もたわわに花が咲きほこっている。石城城下の船着き場の水上には、夕ぐれに泊り場へとゆく帆をかけた船が、ゆっくりと動いている。
名所奮跡の山々が屏風のようにはるかな峯々が連なり、嶺の上には、楚の三閭大夫であった屈原の墓があるし、遠く漁火がもれ、山のあたりには、ありし日の五頭立ての大守の旗が今もひるがえっている。
白雪の古曲の調がたかくひびいている古寺の東山寺であり、そこにはみごとな詩が書きつけてある、また陽春の民謡のうたごえがある、今ではそれが新しい換え歌に作りかえられて歌われている。
あの有名な歌姫の莫愁をうんだところ。その莫愁の魂は今では、ゆく川の水のように去っている。旅人は、こうした附近の名勝古跡、それから思い出の歌姫と、あらゆるものに感慨をもよおすことが多く、みんなたくさんな詩をのこすことになるのである。

 

 

 

 

魚玄機 全詩 訳注解説

 

 

遣懷    全唐詩卷804_31

閑散身無事,風光獨自遊。斷雲江上月,解纜海中舟。

琴弄蕭梁寺,詩吟庾亮樓。叢篁堪作伴,片石好為儔。

#2
燕雀徒為貴,金銀誌不求。滿杯春酒綠,對月夜窗幽。

繞砌澄清沼,抽簪映細流。臥牀書冊遍,半醉起梳頭。

 

寄飛卿    全唐詩卷804_32

階砌亂蛩鳴,庭柯煙露清。
月中鄰樂響,樓上遠山明。
珍簟涼風著,瑤琴寄恨生。
嵇君懶書劄,底物慰秋情。

 

過鄂州    全唐詩卷804_33

柳拂蘭橈花滿枝,石城城下暮帆遲。

折牌峰上三閭墓,遠火山頭五馬旗。

白雪調高題舊寺,陽春歌在換新詞。

莫愁魂逐清江去,空使行人萬首詩。

 

夏日山居   全唐詩 卷804_34

移得仙居此地來,花叢自遍不曾栽。
庭前亞樹張衣桁,坐上新泉泛酒杯。
軒檻暗傳深竹徑,綺羅長擁亂書堆。
閑乘畫舫吟明月,信任輕風吹卻回。

 


 

 

魚玄機 《寄飛卿》

 

 

訳注解説

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9944

 

 

 

804_33 【過鄂州】魚玄機

過鄂州 魚玄機
(旅は進み、鄂州の町を通るけれど、抒情をのべたもの)
柳拂蘭橈花滿枝,石城城下暮帆遲。
柳の枝は低くたれ、船頭の漕ぐかじをはらう、木々はみな花ざかり、枝もたわわに花が咲きほこっている。石城城下の船着き場の水上には、夕ぐれに泊り場へとゆく帆をかけた船が、ゆっくりと動いている。
折牌峰上三閭墓,遠火山頭五馬旗。
名所奮跡の山々が屏風のようにはるかな峯々が連なり、嶺の上には、楚の三閭大夫であった屈原の墓があるし、遠く漁火がもれ、山のあたりには、ありし日の五頭立ての大守の旗が今もひるがえっている。
白雪調高題舊寺,陽春歌在換新詞。
白雪の古曲の調がたかくひびいている古寺の東山寺であり、そこにはみごとな詩が書きつけてある、また陽春の民謡のうたごえがある、今ではそれが新しい換え歌に作りかえられて歌われている。
莫愁魂逐清江去,空使行人萬首詩。
あの有名な歌姫の莫愁をうんだところ。その莫愁の魂は今では、ゆく川の水のように去っている。旅人は、こうした附近の名勝古跡、それから思い出の歌姫と、あらゆるものに感慨をもよおすことが多く、みんなたくさんな詩をのこすことになるのである。

鄂州【がくしゅう】を過【よぎ】る  魚玄機
柳 蘭橈【らんとう】を拂ひて花 枝に滿つ,石城 城下 暮れて帆 遲れる。
牌を折りて峰上 三閭の墓,火を遠くして山頭 五馬の旗。
白雪 調 高くして舊寺に題し,陽春 歌 在りて 新詞み換【か】ゆ。
莫愁の魂 清江を逐いて去り,空しく行人を使【し】て 萬首の詩。



『過鄂州』 現代語訳と訳註
(
本文)

過鄂州  全唐詩卷804_33

柳拂蘭橈花滿枝,石城城下暮帆遲。

折牌峰上三閭墓,遠火山頭五馬旗。

白雪調高題舊寺,陽春歌在換新詞。

莫愁魂逐清江去,空使行人萬首詩。


(下し文)
鄂州【がくしゅう】を過【よぎ】る  魚玄機
柳 蘭橈【らんとう】を拂ひて花 枝に滿つ,石城 城下 暮れて帆 遲れる。
牌を折りて峰上 三閭の墓,火を遠くして山頭 五馬の旗。
白雪 調 高くして舊寺に題し,陽春 歌 在りて 新詞み換【か】ゆ。
莫愁の魂 清江を逐いて去り,空しく行人を使【し】て 萬首の詩。


(現代語訳)
(旅は進み、鄂州の町を通るけれど、抒情をのべたもの)
柳の枝は低くたれ、船頭の漕ぐかじをはらう、木々はみな花ざかり、枝もたわわに花が咲きほこっている。石城城下の船着き場の水上には、夕ぐれに泊り場へとゆく帆をかけた船が、ゆっくりと動いている。
名所奮跡の山々が屏風のようにはるかな峯々が連なり、嶺の上には、楚の三閭大夫であった屈原の墓があるし、遠く漁火がもれ、山のあたりには、ありし日の五頭立ての大守の旗が今もひるがえっている。
白雪の古曲の調がたかくひびいている古寺の東山寺であり、そこにはみごとな詩が書きつけてある、また陽春の民謡のうたごえがある、今ではそれが新しい換え歌に作りかえられて歌われている。
あの有名な歌姫の莫愁をうんだところ。その莫愁の魂は今では、ゆく川の水のように去っている。旅人は、こうした附近の名勝古跡、それから思い出の歌姫と、あらゆるものに感慨をもよおすことが多く、みんなたくさんな詩をのこすことになるのである。


(訳注)
過鄂州
1. (旅は進み、鄂州の町を通るけれど、抒情をのべたもの)
2. ・鄂州 今の湖北省武漢市、当時の武昌は長江を50kmくだったところに現在の鄂州市があり、当時の武昌である。地名がそれぞれ入れ替わっているのである。
この詩も何らかのことで、題材が与えられて空想して書いたものであろう。詩としては面白いのではあるが、自分の目で見たものというより、この詩を読んでくれる人のことを考えた描写のようで実感のないものである。長安の人々にはアイドル魚玄機の詩として好評ではなかったろうか。


柳拂蘭橈花滿枝,石城城下暮帆遲。
柳の枝は低くたれ、船頭の漕ぐかじをはらう、木々はみな花ざかり、枝もたわわに花が咲きほこっている。石城城下の船着き場の水上には、夕ぐれに泊り場へとゆく帆をかけた船が、ゆっくりと動いている。
3. ・蘭橈(らんとう) 橈は舟のかじ。


折牌峰上三閭墓,遠火山頭五馬旗。
名所奮跡の山々が屏風のようにはるかな峯々が連なり、嶺の上には、楚の三閭大夫であった屈原の墓があるし、遠く漁火がもれ、山のあたりには、ありし日の五頭立ての大守の旗が今もひるがえっている。
4. ・石城 鐘祥県をさす。ここに北周のときに石城郡治をおいた。荊州であるから、長江を100km以上遡ったところである。
5.
 ・折牌峯 地名ではなくて長江が蛇行して、名所奮跡の山々が屏風のような形であることを云うのであろう。
6.
 ・三閭 楚の屈原をいう。屈原は三間の大夫であった。
7.
 ・遠火山 未詳。遠く漁火がもれ、山のあたり。
8.
 ・五馬旗 太守の乗車には、新馬すなわち四頭だての馬のはかに、鯵(そえうま)を加え、五頭をつけたので、転じて五馬は太守の異称となった。
此の句など全く実感のない観光案内のようである。


白雪調高題舊寺,陽春歌在換新詞。
白雪の古曲の調がたかくひびいている古寺の東山寺であり、そこにはみごとな詩が書きつけてある、また陽春の民謡のうたごえがある、今ではそれが新しい換え歌に作りかえられて歌われている。
9. ・陽春、白雪ともに古曲名。とくに白雪は、五十絃の琴曲で、あるいは大帝が東女にひかせた曲という。

10. ・舊寺 宝通禅寺は武昌洪山南麓に位置し、湖北省の有名な古いお寺で武漢市仏教四大寺にもなっている。宝通禅寺は1600年余りの歴史があり世界的にもよく知られている。南北朝時代の劉宋時代(420479)に建てられた。もともとは東山寺と呼ばれていたが唐の貞観代(627-649)に弥陀寺にと改め、南宋の端平代(1234-1236)に崇寧万寿禅師と改称した。明の時代になると成化二十一年(1485年)に「宝通禅寺」となった。武漢に現存する最古の寺院である。

莫愁魂逐清江去,空使行人萬首詩。
あの有名な歌姫の莫愁をうんだところ。その莫愁の魂は今では、ゆく川の水のように去っている。旅人は、こうした附近の名勝古跡、それから思い出の歌姫と、あらゆるものに感慨をもよおすことが多く、みんなたくさんな詩をのこすことになるのである。

 

宝通禅寺 観光案内の紹介
宝通禅寺は昔から皇室の寺院で、武漢の寺院群の中では異色です。そのため宝通禅寺の建築様式は北京の故宮(故宮―紫禁城とも呼ばれ、明清朝時代の王宮である歴史的建造物です。)に非常に似ています。寺院には放生池、聖僧橋、接引殿、東西庁、大雄宝殿、祖師殿、禅堂などの建築物があり、全体は起伏した山のように並んでいます。寺院の後ろには洪山宝塔、法界宮が建てられています。この他にも東屋や奇岩怪石、幽径、華厳洞、白龍泉などがあり観光客を和ませています。

山門
宝通寺では先ず山門の装飾を見ることができます。門額には「宝通禅寺」と書かれています。その字体は雄壮で力強く、気勢に溢れています。これは中国仏教協会
会の主席であり著名な書家趙朴初先生が書かれたものです。

洪山宝塔
洪山宝塔は名のごとく小高い丘陵になっている緑豊かな洪山公園にあります。元々は臨済塔と称し、元の大徳十一年(1307)に建て始められ延祐二年(1315年)に完成したとされています。

塔は八角七層の楼閣式塔です。塔身内部には石が積み上げられており外壁にはレンガが用いられています。塔の高さは約43mあります。志書によると各層毎に木の梁を縦横に組み合わせながら上へと積んであります。内部には螺旋階段があります。八角の隅行にそれぞれ風鈴が下がっています。精巧なデザインが施されており湖北省の屈指の塔です。

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プロフィール

HN:
漢文委員会 紀 頌之(きのあきゆき))
年齢:
72
性別:
男性
誕生日:
1946/09/10
職業:
文学者
趣味:
中国文学
自己紹介:
漢詩から唐・宋詩まで基本となる詩人・詩集を各全詩訳注解説してゆく、その中で、これまで他ブログに、掲載した女性の詩を、手を加えて、整理して掲載してゆく。
これまで日本では紹介されていないもの、誤訳の多かった詩などを、時代の背景、出自、その他関連するものなどから正しい解釈を進めてゆく。
毎日、20000文字掲載しているので、また、大病後で、ブログコミュニケーションが直ちに取ることができないけれど、精一杯努力してお返事いたします。

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