詩の訳注解説をできるだけ物語のように解釈してゆく。中国詩を日本の詩に換えて解釈とする方法では誤訳されることになる。 そして、最終的には、時代背景、社会性、詩人のプロファイルなどを総合的に、それを日本人的な語訳解釈してゆく。 全体把握は同系のHPhttp://chubunkenkyu.byoubu.com/index.htmlを参照してもらいたい。
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Ⅳ 政略婚 《§-4 蔡文姫史話》5.1.悲憤の詩其の一 訳注解説#2
Ⅳ 政略婚 《§-4 蔡文姫史話》5.1.悲憤の詩其の一#2 訳注解説#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10784
中國国内全土で義軍をおこすことになったし、連合、同盟を酌み、ともになって、好ましくないものを討とうとした。
董卓の軍勢が函谷関の東側に攻め込んできた。 この時には、董卓軍の金のよろいに、日の光に輝き、希望に満ちていた。
この時の中原の漢人はもろくて弱かった。董卓の軍勢に従軍してきた者は、皆、西方の異民族であった。
まるで狩猟でもするかのように、街や村を囲んで。 軍勢の向かう所の者は、ことごとく打ち破り、滅亡させていった。
敵対するものは、一つ遺さずに斬り捨てられた。屍骸は積み上げられ、お互いに支え合うかのようである。
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漢魏 蔡文姫 《悲憤詩三首》 |
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悲憤詩三首 其一
漢季失權柄,董卓亂天常。志欲圖簒弑,先害諸賢良。逼迫遷舊邦,擁主以自彊。
海内興義師,欲共討不祥。卓衆來東下,金甲耀日光。平土人脆弱,來兵皆胡羌。
獵野圍城邑,所向悉破亡。斬截無孑遺,尸骸相牚拒。馬邊縣男頭,馬後載婦女。
長驅西入關,迥路險且阻。還顧邈冥冥,肝脾爲爛腐。所略有萬計,不得令屯聚。
或有骨肉倶,欲言不敢語。失意機微閒,輒言斃降虜。要當以亭刃,我曹不活汝。
豈復惜性命,不堪其詈罵。或便加棰杖,毒痛參并下。旦則號泣行,夜則悲吟坐。
欲死不能得,欲生無一可。彼蒼者何辜,乃遭此戹禍!
悲憤詩三首 其二
邊荒與華異,人俗少義理。處所多霜雪,胡風春夏起。翩翩吹我衣,肅肅入我耳。
感時念父母,哀歎無窮已。有客從外來,聞之常歡喜。迎問其消息,輒復非鄕里。
邂逅徼時願,骨肉來迎己。己得自解免,當復棄兒子。天屬綴人心,念別無會期。
存亡永乖隔,不忍與之辭。兒前抱我頸,問母欲何之。人言母當去,豈復有還時。
阿母常仁惻,今何更不慈?我尚未成人,柰何不顧思!見此崩五内,恍惚生狂癡。
號泣手撫摩,當發復回疑。
兼有同時輩,相送告離別。慕我獨得歸,哀叫聲摧裂。馬爲立踟蹰,車爲不轉轍。
觀者皆歔欷,行路亦嗚咽。
悲憤詩三首 其三
去去割情戀,遄征日遐邁。悠悠三千里,何時復交會?念我出腹子,匈臆爲摧敗。
既至家人盡,又復無中外。城郭爲山林,庭宇生荊艾。白骨不知誰,從橫莫覆蓋。
出門無人聲,豺狼號且吠。煢煢對孤景,怛咤糜肝肺。登高遠眺望,魂神忽飛逝。
奄若壽命盡,旁人相寬大。
爲復彊視息,雖生何聊賴!託命於新人,竭心自勗厲。流離成鄙賤,常恐復捐廢。
人生幾何時,懷憂終年歳!
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蔡文姫 《悲憤詩三首 其一》訳注解説 |
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悲憤詩三首 其一 #1
(蔡文姫が掠め取られる頃の世情、拉致されて連行される時のことなどを歌う)
漢季失權柄,董卓亂天常。
幼帝を傀儡とする宦官の政治介入が長く続くと、後漢の末期には、中央政府の政治は機能不全に陥り、実権は衰えた。宦官殺害がすすみ、機会を得た董卓は、武力を背景に、世の中のきまりを乱して相国になって朝廷を掌握した。
志欲圖簒弑,先害諸賢良。
董卓は主君を殺して帝王の位を奪い取ることを計画し、それに先立って、伍瓊や周等をはじめとし、多くの優秀な人材を排除、殺害したのである。
逼迫遷舊邦,擁主以自彊。』
都であった洛陽が北からの外敵、各地の諸公からの打倒董卓の勢いに、防御能力の高い前漢の首都である長安への移転を画策、少帝を廃して、新たな主君である献帝を擁立して、一時政権を掌握し、洛陽を燃やし尽くし、強引に長安に遷都した。
#2
海内興義師,欲共討不祥。
中國国内全土で義軍をおこすことになったし、連合、同盟を酌み、ともになって、好ましくないものを討とうとした。
卓衆來東下,金甲耀日光。
董卓の軍勢が函谷関の東側に攻め込んできた。 この時には、董卓軍の金のよろいに、日の光に輝き、希望に満ちていた。
平土人脆弱,來兵皆胡羌。
この時の中原の漢人はもろくて弱かった。董卓の軍勢に従軍してきた者は、皆、西方の異民族であった。
獵野圍城邑,所向悉破亡。
まるで狩猟でもするかのように、街や村を囲んで。 軍勢の向かう所の者は、ことごとく打ち破り、滅亡させていった。
斬截無孑遺,尸骸相牚拒。』
敵対するものは、一つ遺さずに斬り捨てられた。屍骸は積み上げられ、お互いに支え合うかのようである。
#3
馬邊縣男頭,馬後載婦女。
長驅西入關,迥路險且阻。
還顧邈冥冥,肝脾爲爛腐。
#4
所略有萬計,不得令屯聚。
或有骨肉倶,欲言不敢語。
失意機微閒,輒言斃降虜。
#5
要當以亭刃,我曹不活汝。
豈復惜性命,不堪其詈罵。
或便加棰杖,毒痛參并下。
#6
旦則號泣行,夜則悲吟坐。
欲死不能得,欲生無一可。
彼蒼者何辜,乃遭此戹禍!
(悲憤の詩三首)其の一
漢季 權柄を 失し,董卓 天常を 亂す。
志は 簒弑【さんしい】を 圖【はか】らんと欲し,先づ 諸賢良を 害す。
逼迫して 舊邦をに 遷【うつ】らしめ,主を 擁して 以て自ら彊【つと】む。』
#2
海内に 義師を 興こし,共に 祥【よ】からざるを 討たんと欲す。
卓衆 來りて 東下し,金甲 日光に 耀く。
平土の 人 脆弱にして,來兵 皆 胡羌なり。
野に 獵するがごとく 城邑を 圍み,向ふ所 悉【ことごと】く 破り亡す。
斬截【ざんせつ】して 孑遺【げつゐ】 無く,尸骸 相ひ 牚拒【たうきょ】す。』
#3
馬邊に 男の頭を 縣【か】け,馬後に 婦女を 載す。
長驅して 西のかた 關に入るに,迥路【けいろ】は 險にして且つ 阻なり。
還顧すれば 邈【ばく】冥冥として,肝脾【かんぴ】爲に 爛腐【らんぷ】す。
#4
略せる所 萬 計【ばかり】 有りて,屯聚せしめ 得ず。
或は 骨肉の倶【ともな】ふ 有りて,言はんと欲すれど 敢へては 語れず。
意を 機微の閒に 失へば,輒【すなは】ち 言ふに:「降虜を 斃【たふ】すに。
#5
要當【まさに】刃【やいば】を亭【とど】めるを以ってしても,我曹【われら】汝を活かさざるべし。」
豈に 復た 性命を惜みて,其の詈罵【りば】に 堪へざらんや。
或は便ち 棰杖【すゐぢゃう】を加へ,毒痛 參【こも】ごも 并【あは】せ下る。
#6
旦【あした】になれば 則ち號泣して 行き,夜になれば則ち 悲吟して 坐る。
死なんと欲すれども得る 能はずして,生きんと欲すれども 一の 可なるもの無し。
彼の蒼たる者 何の辜【つみ】ありて,乃ち 此(の戹禍【やくか】に遭はさんや!
《悲憤詩三首 其一》現代語訳と訳註解説
(本文)
(下し文)
#2
海内に 義師を 興こし,共に 祥【よ】からざるを 討たんと欲す。
卓衆 來りて 東下し,金甲 日光に 耀く。
平土の 人 脆弱にして,來兵 皆 胡羌なり。
野に 獵するがごとく 城邑を 圍み,向ふ所 悉【ことごと】く 破り亡す。
斬截【ざんせつ】して 孑遺【げつゐ】 無く,尸骸 相ひ 牚拒【たうきょ】す。』
(現代語訳)
中國国内全土で義軍をおこすことになったし、連合、同盟を酌み、ともになって、好ましくないものを討とうとした。
董卓の軍勢が函谷関の東側に攻め込んできた。 この時には、董卓軍の金のよろいに、日の光に輝き、希望に満ちていた。
この時の中原の漢人はもろくて弱かった。董卓の軍勢に従軍してきた者は、皆、西方の異民族であった。
まるで狩猟でもするかのように、街や村を囲んで。 軍勢の向かう所の者は、ことごとく打ち破り、滅亡させていった。
敵対するものは、一つ遺さずに斬り捨てられた。屍骸は積み上げられ、お互いに支え合うかのようである。
(訳注)
悲憤詩三首 其一 #1
1. その一(蔡文姫が掠め取られる頃の世情、拉致されて連行される時のことなどを歌う)
2. 悲憤詩 この作品は『後漢書・列傳・列女傳董祀妻』に載っているものになる。同書によると「…後感傷亂離,追懷悲憤,作詩二章。其辭曰:」として、この五言詩の作品と七言騒体の作品が載せられている。これは、先に載せられた五言詩の方になる。この作品は、胡人が侵入して漢人を拉致していく場面、胡地の情景と別離の情、帰国の三場面に分けられる。作業の便宜上#をつけて分割表示した。
#2
海内興義師、欲共討不祥。
中國国内全土で義軍をおこすことになったし、連合、同盟を酌み、ともになって、好ましくないものを討とうとした。
・海内:国内。『後漢書・列傳・董卓列傳』「濁亂海内」
・興:おこす。
・義師:義軍。
卓衆來東下、金甲耀日光。
董卓の軍勢が函谷関の東側に攻め込んできた。 この時には、董卓軍の金のよろいに、日の光に輝き、希望に満ちていた。
・卓衆:董卓の軍勢。
・來東下:長安は函谷関の内側(西側)になり、函谷関の東側に出てきたことを指す。
平土人脆弱、來兵皆胡羌。
この時の中原の漢人はもろくて弱かった。董卓の軍勢に従軍してきた者は、皆、西方の異民族であった。
・平土:中原。漢民族の故地。 ・脆弱:もろくて弱い。
董卓は、隴西 臨の人なので、「少嘗遊羌中,盡與豪帥相結。…卓膂力過人,雙帶兩腱,左右馳射,爲羌胡所畏。」とあるように、胡・羌をも束ねていた。『後漢書・本紀・孝獻帝紀』「丁亥(207年:建安十二年),遷都長安。董卓驅徙京師百姓悉西入關,自留屯畢圭苑。」
獵野圍城邑、所向悉破亡。
まるで狩猟でもするかのように、街や村を囲んで。 軍勢の向かう所の者は、ことごとく打ち破り、滅亡させていった。
・城邑:街と村。
斬截無孑遺、尸骸相牚拒。
敵対するものは、一つ遺さずに斬り捨てられた。屍骸は積み上げられ、お互いに支え合うかのようである。
この描写は、『後漢書・列傳・董卓列傳』では、赤眉の乱による長安脱出行の時の情景になる。「長安遭赤眉之亂,宮室營寺焚滅無餘,是時唯有高廟、京兆府舍,遂便時幸焉。後移未央宮。於是盡徙洛陽人數百萬口於長安,歩騎驅蹙,更相蹈藉,飢餓寇掠,積尸盈路。卓自屯留畢圭苑中,悉燒宮廟官府居家,二百里内無復孑遺。」
・斬截:〔ざんせつ〕たちきる。
・孑遺:〔げつゐ〕残り。余り。余遺。残余。僅かに遺された。 ・孑:〔けつ(げつ)〕のこる。余る。ひとり。ひとつ。
・遺:のこす。
・尸骸相牚拒 屍体があまりにも多く、積み重なって、まるで支え合っているかのように見えることをいう。
・ 尸骸:屍骸。
・相:おたがいに。
・牚拒 ささえふせぐ。ささこばむ。ここでは、屍骸が重なり合っているさまをいう。